2021.01.11/NEWS

【連載第2回】地域とともに生きるJヴィレッジ~震災10年。Jヴィレッジのこれまでとこれから~

【地域とともに生きるJヴィレッジ 連載第2回】

株式会社Jヴィレッジは、2021年3月に東日本大震災より10年目を迎えるにあたり、Jヴィレッジのこれまでの歩みとこれからの未来について4回にわたりお伝えしていきます。

第2回目は、Jヴィレッジ構想から設立、地域振興やスポーツ振興についてお伝えします。

 


 

第2回『Jヴィレッジの設立と地域振興』

 

構想から設立

Jヴィレッジは、1997年7月に日本初のナショナルトレーニングセンターとしてオープンし、震災前(2011年2月まで)までに約680万人(年間約40万人以上)が来場し、サッカー日本代表をはじめ、様々な大会や合宿等で延べ12,800を超えるチームの利用があった。

設立にあたっては1994年から企画・構想に着手し、欧米のように優れたトレーニングセンターを整備することでスポーツを地域に根付かせ、豊かなライフスタイルの創造を基本方針に掲げていた日本サッカー協会と、福島県に対する恒久的な地域振興策を模索していた東京電力がお互いのポリシーに共鳴し、計画が大きく前進した。その後、東京電力が総工費約130億円で建設し、福島県に寄贈され、その施設運営を株式会社Jヴィレッジ(2017年7月に株式会社日本フットボールヴィレッジから社名変更)が担っている。

1993年にJリーグが発足したこともあり、サッカー日本代表をはじめとするJリーグクラブの合宿のほか、指導者や審判員の養成プログラムも開催された。夏休み期間中には、小学生から高校生までの各種全国大会が開催されたことから、現在活躍中のJリーガー達が当時のJヴィレッジでの思い出をSNS等で発信いただくなど、日本サッカー界の発展につながる場所となった。また、大規模大会の際には、Jヴィレッジだけでは宿泊者を収容できず、近隣の宿泊場所をご利用いただき、地域全体で大会を盛り上げ、地域の交流拠点という役割を果たした。

 

2002年の日韓サッカーワールドカップの際には、日本中が盛り上がる中、アルゼンチン代表チームが公認キャンプを行った。

キャンプ期間中には、アルゼンチン代表の主力選手らが熱心に応援してくれる地域の子供たちに御礼がしたいと広野小学校へ訪問し、サッカーなどのミニゲームを楽しみながら交流も図り、地域全体が盛り上がった。

 

 

また、2006年には、サッカー日本代表がドイツワールドカップ前の国内最終合宿をJヴィレッジで開催した。当時、監督であったジーコ氏の粋な計らいにより、すべての練習風景が一般公開されたため、連日ピッチ周辺には、黒山の人だかりができた。期間中に代表選手を応援するために、県内外から約60,000人ものお客様が来場し、この地域に多くの賑わいをもたらした。

  

 

マリーゼの誕生

2005年には、Jヴィレッジを本拠地として活動する東京電力女子サッカー部「マリーゼ」が設立され、Jヴィレッジスタジアムで開催されるホームゲームには、平均2,000名を超えるサポーターが押し寄せた。この数字が当時の女子リーグの平均観客動員数を大きく上回ることからも、地域に密着し多くの方々から応援されていたことが分かる。また、丸山桂里奈さんや鮫島彩さんなどの主力選手がなでしこジャパンに選出され、県内唯一の女子トップリーグ所属のサッカーチームであったこともあり、日本女子サッカーの発展やJヴィレッジの認知度アップに大きく貢献した。

当時、東京電力女子サッカー部の部長を務めていた溝口は「もちろんリーグ戦の結果も大事だが、地域との関わりを大切に考えて、地元の幼稚園などでのサッカー教室や各地域のイベントへの参加も積極的に取り組みました。震災後チームが解散し、所属選手が分散していまい、寂しい気持ちはありますが、それぞれが所属先のチームやなでしこジャパンの選手として活躍していることが本当に嬉しく思います。」と当時所属した選手たちとのJヴィレッジでの再会を望んでいる。

 

 

JFAアカデミー福島

さらに2006年には、日本サッカー協会が設立した中高一貫育成施設、JFAアカデミー福島の男女チームが立ち上がり、男子中学生は広野中学校、女子中学生は楢葉中学校に通学し、高校に進学すると男女とも富岡高校に通学した。選手たちは寮生活を送りながらも、親元を離れて暮らす選手たちを支えるサポートファミリー制度を活用しながら、田植えや稲刈り体験などを通して地域の方との交流を深めていた。サッカーだけでなく、世界基準の人材の育成を目的する取組みとして全国から注目された。

これまでJFAナショナルトレセンコーチや日本女子代表監督の立場で、数多くJヴィレッジを利用していた現Jヴィレッジ副社長の上田はこう語る。「私が2002年日本女子代表の監督になり、アテネオリンピック出場を目指した時には、好んでJヴィレッジを利用しました。ピッチとホテルが隣接していてトレーニング環境が非常に良く、食事もおいしいし、何より選手たちが自己管理しやすいと思いました。そして2006年にJFA女子委員長となり、代表強化・ユース育成・普及の拠点としてほぼ毎回を利用しました。非常にクオリティの高いピッチが複数面あるので、なでしこジャパンのキャンプとユース年代各カテゴリーのキャンプを同時に行うことができることもJヴィレッジを選んだ理由のひとつでした。

JFAアカデミー福島女子からもユース年代の代表に多くの選手が選ばれ、徐々に上の世代のカテゴリー代表に選ばれ、なでしこジャパンにも名を連ねるようになりました。アカデミーについては地域の方々が家族のように接してくれ、選手たちはこの地域を第二の故郷のように想い、卒校しても福島を訪れる選手も多いと聞いています。そして、JFAアカデミー福島は、東日本大震災により静岡県に一時移転していましたが、男子は2021年4月より、また女子は2024年4月より福島県での活動を再開することが決まっています。

震災後に誕生したJリーグを目指すいわきFCが、Jヴィレッジスタジアムをホームで戦うことも決まりました。アカデミー福島男子の身近な目標もでき、ふたば未来学園高校と連係して、福島県ユース年代の活性化に繋げてほしいと思います。そして、福島で育った選手たちが、福島ユナイテッドFCやいわきFCで活躍して、日本代表選手となり、それを応援する地域の人々が誇りに思えるようにと願っています。」

 

Jヴィレッジは、7年4か月の休止期間を経て、止まっていた時間を動かし始めたところである。再び、地域の方々と連携をしながら、恒久的な地域振興とスポーツ振興を通じて「サッカーの聖地」として、そして震災後に加わった新たな使命「ふくしま復興のシンボル」の役割を果たしていく。

 


 

連載第1回は、こちら

 

*今後の連載スケジュールと主な内容について

第3回 2021年2月11日(木)  再始動後から現在までのJヴィレッジの賑わいと新たな魅力について

第4回 2021年3月11日(木)  これからのJヴィレッジについて

 

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